撮れない風景 ~序章~(東日本大震災被災地を訪れて)

荒浜地区

技術も経験も、まだまだ未熟だけど、僕は写真を撮ることが大好きだし、これからも撮り続けたいと思っている。

震災から約13ヶ月が経過した現地に、初めて足を運ぶことにした時、その目的は「現地の今を写真に撮る」ということだった。

でも、今回、現地に入った瞬間「撮れない」と思った。

正確には、「撮れないと思った」のではなく、本当に撮れなかった。

実は、何度か復興支援活動を一緒にした石巻出身の方から、
宮城に行く前にこんな内容をメールでいただいていた。

——————————-
石巻は被害の少ない地域と、被害の大きかった地域との格差は歴然としてまして、更地になり整然としているところには、いとなみがありました。
どうか現状を見て頂いたことを被災地の外で伝えて下さい。
——————————-

当初は、僕が人に何かを伝えるなんて、少し違う気がしていた。
それに「被災地の外で伝える」という意味が、正直、少しだけわからなかった。

でもやっぱり、このタイミングで宮城県沿岸部を訪問したという事実を、このブログに、しっかりと残しておきたいと思ったし、何より「外で伝える」ことの意味が、今ではよくわかります。

だから、自分なりに感じたこと、気持ちの整理がつかなかったこと、見てきたこと、そんなことを、何回かにわけて、ここに書いていきたいと思います。

もしかしたら、気分を害する表現があるかもしれません。
つたない写真と文章なので、誤解をされるかもしれません。

そんな時は、どうか率直に指摘していただきたいと思います。

それでは早速、被災地に足を踏み入れた瞬間について、まずは書いてみたいと思います。

————————-

仙台駅から車で、滞在先である多賀城市まで向かう間に、荒浜地区というところがある。
仙台駅からだと、ちょうど車で30分ぐらい走ったぐらいの距離にある。

仙台駅を出発した当初は、普通の街だった。

お店も元気に営業しているし、車もたくさん走っていた。
ホテルもたくさん営業していたし、地下鉄の拡張工事もしていた。

仙台駅東口には、ヨドバシカメラも堂々と新店オープンしていた日だった。

だから、これから目にする風景を、その時は想像すらできなかった。

頭の片隅に、テレビで観た映像が残ってはいたけど、この時点では、「やっぱり復興はかなり進んでいるのかな?」とすら思っていた。

車を沿岸部に進めていったその時、
まず最初に目に飛び込んできたのは、理屈では想像できないような壊れ方をしているガソリンスタンドだった。

東日本大震災,荒浜

その瞬間、自分が何を言葉にしたのかは覚えていない。

ただ一言「マジで・・・」と力なく発しただけだったように思う。

車を停めて、ガソリンスタンドのすぐ隣まで歩いてみた。
信じられなかった。

ガソリンスタンドのすぐ前には、多分コンビニだったと思われる建物が、鉄骨だけの姿で残っていた。

そのもっと奥には、基礎だけ残っている、工事現場のような光景が広がっていた。

幹線道路は、復興支援の車両や、がれき処理のトラックがひっきりなしに走っていた。

次々に目に飛び込んでくる風景をみて、「絶句」だった。

絶句。その言葉の通り、言葉がない。

どんな言葉で表現しても、現地で震災を経験していない自分には、
絶対に表現しきれない光景だった。

だから撮ろうと思った。撮るしかないと思った。

深呼吸を1回して、カメラをその風景に向けてみた。
でも撮れなかった。
シャッターを押せなかった。

撮ることが大好きで、シャッターを押すのがいつも楽しみな自分が、本当にシャッターを押せなかった。

それでもやっとの思いで撮ってみた。

撮った写真を、液晶モニタで確認してみた。

たしかに写っている。記録はできた。

でも、写っているだけ。

レンズの焦点距離とか、カメラの性能とか、発色とか、そういう次元の話じゃない。

たしかに写ってはいる。

だけど、自分が感じているそのままを撮れなかった。

写真は、その場の空気感までも写すと信じていたけど、今の自分にはそれは無理だなと思った。
現場の空気に完全に飲み込まれていた。

それぐらい、想像を超えた光景を、この3日間ずっと見続けることになる。



コメントを残す

«    |    »